春の日に。冬物語
15
 岩の中は、静かで涼しいこと以外は、それほど変に思えることはなかった。いきなり石造りの下り階段があって、が思いっきり転びそうになるが、先へ進んでいた美樹がグラス・オーラの力を利用して助けてくれた。
 下り階段を降りると、薄暗い明かりのついた長い廊下が待っていた。先頭に立つ美樹は多少は慎重に進んでいたが、元来ふらふらした人間なため、後ろの二人といつも通りに話ながら進んでいた。
「なんで静かにしなくちゃいけなかったんだ? 美樹
 後ろから、暗い廊下に反響しながら、木田先輩の声が聞こえた。浮いてるから足音を立てない川下先輩が、前から答えを返す。
「どこが鍵か忘れちゃったのぉ。ミキちゃん、自分で開けたこと無かったからぁ」
 何度か来たといいつつも、自分で開けたことが無い。そうすると、誰かと一緒に来ていたのだろう。
 それはいいとして、もう一つ疑問があったので、土に汚れた靴で音を立てて歩きながら聞いてみる
「一体、どんな構造になっているんですか? さっきの岩」
 にとっては、こんな不思議な現象にはとても興味をそそられる。グラス・オーラについては不勉強なだが、勉強する気もあまりないが、目の前であんな面白そうなことが起こっては黙っていられなくなった。
「え〜? ただの幻影だよぉ。グラス・オーラの基本〜」
 前を向いたまま、何だかバカにしたように川下先輩が答えた。確かに幻影は基本のうちの一つ、というのは聞いたことはあるが。が何か言い返そうといする前に、美樹が続ける。
「あとぉ、扉の形が岩に沿って作られてるからぁ、触っても岩のようなの。更に、あんまり触ってたら開かなくなっちゃうらしくてぇ、それはグラス・オーラとは関係ないの」
 わかったようなわからないような。開けた後は普通の階段と扉みたいだったから、グラス・オーラに関係があるのは岩の表面だけなのだろう。それで、その扉には何かの装置がつけられていて、ベタベタと鍵の位置を探っていると開けられなくなるようになっているらしい。
「ん〜、わかりました」
 これでいいのかどうかわからないが、そういうことにしておこう。
 わかった気にはなったは、それ以上の言及はしなかった。それほど気にならなくなった、ということもあるが、薄明かりの中にも廊下の終わりが前方に見えてきたからだ。
「あの扉の先なのよねぇ」
 長い廊下の行き止まりには、木製の旧い扉がそびえ立っていた。ほとんど壁といっていい程の大きさを持つ扉は、所々が崩れており、部屋と廊下を遮断する機能を為すには物足りない。耳を傾ければ簡単に、部屋の中の様子が伺えそうだ。
「ここから慎重に行きますか?」
 数十歩前にして、美樹に聞いてみた。すると、美樹は笑って振り向いて答えた。
「きゃはは、バカねぇちゃん。もう遅いよぉ、さっきまでのおしゃべりは全部向こうに届いているんだから」
 確かに。ぼろぼろの扉で部屋の様子が筒抜けならば、こちらの声など簡単に聞こえて行くだろう。
「それにぃ、ミキちゃんは手がかりを聞きにきたんだからぁ、普通でいいじゃない」
 そう言えば。元々、川下先輩の友達の隠れ家に、情報を手に入れに来たのだった。何をこそこそする必要があるんだろうか。
「そうですね。それではお願いします、川下先輩」
「おっけ〜」
 初めからそのつもりの美樹は、ノリノリの乗り気である。わずかに宙に浮いていることもあり、さっさと先へ進んでしまう美樹に、木田は遅れてしまう。そのせいで、一足先に美樹が扉につき、叩音してしまう。
「翔ちゃん、いる〜?」
 のんびりと、あいかわらずな美樹。その、翔ちゃん自体が何者かも知らない達は、やや身構えながら美樹の元へと急いだ。
 翔ちゃんて誰、そう聞こうとする木田だったが、その前に扉がきしんだ音を立てて開いたので、黙ってしまった。
 キイイ、という音だ。部屋側に引いて開かれると、川下先輩は何だかそわそわし始める。どうしたのだろうか、そう思う
「な、なんでここに来るんだよ、美樹
 うろたえた声。何だかかわいい声ではあるが、とても女の人の声ではなさそうだ。体育会系なためか声が低めの木田先輩よりは、重い感じだ。
「翔ちゃんに聞きたいことがあってぇ〜」
 相手の態度も気にせずに、美樹は甘えるように自前の垂れ目で扉の向こうを見つめた。そうなると、うろたえるのは声だけではなくなったようだ。扉の間から、ひょっこり顔だけ出てくる。
「何だよ、早めに済ませてくれよ」
 顔の高さは美樹と同じ、しかし顔立ちは整っている。いわゆる、美少年という代物か。よりも長い髪は、きれいに映えるように理容されている。エメラルドグリーン、だか、緑に桃色を混ぜたらそんな色になるのだったか、とにかく髪もきれいだった。
 かっこいい男の人にはちょっとドキドキなは、ちょっとうろたえ始めた。片や後ろに控える木田は、なんだ女か、と言いたげな表情だ。
 そんな中、美樹木田に話しかけるように、友好的に話しかけ尋ねた。
「うん、この辺で色々集めてるっていう、エスオーエスとか言う集団について、聞きにきたんだけどぉ…」
 まずは後ろからの「エスエーエムですよ川下先輩」という修正が聞こえるが、ほとんど同時に、部屋の向こうから聞こえた大きな声でかき消された。
「おい、翔! いつまで女と話しとるねん」
 このやかましい、胡散臭いどこぞの方言で、二人の人間が今までとは違う反応を起こした。
「うるさいな兄ちゃん、待っててよ」
 という目の前の美少年の声。そして、
「この声は、あの時の!」
 というの声。間違いなく、が追いかけていた変なしゃべりの、何かを抱えた怪しい顔の、高等部男子生徒のはず。そうとなると、黙ってはいない。思い出したかのように、は怒りを顔まで沸き上がらせ、わずかに開いた扉を思いっきり押し叩く。

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