春の日に。冬物語
13
 飛び込む前に泡がに近づいてきて、その泡もだんだん大きくなる。が踏みとどまっていると、泡から黒い物体が飛び出てきた。
「ぷはー」
「うわあー!」
 何者かの声との悲鳴が同時に響いた。美樹はそれに気付いての元に向かって行く。そして、その不明な黒と茶色の物体だが。
「いやあ、やっぱり来てくれたか!」
 全身水浸しなジャージが、水滴を振りまきながら近寄ってきた。が嫌がって後ずさると、ジャージは身をぐるんぐるん回して脱水し始めた。
「つ、冷たいっ。こんな所で何をしているんですか、木田先輩!」
 嫌そうに太い眉毛を潜めるに、美樹がようやく追いついた。
「ありゃ〜木田ちゃん濡れネズミ〜。今、乾かしてあげるね〜」
 脱いだジャージや髪の毛をしぼり始めた木田に、両手から風を起こして木田に吹きつけ始めた美樹。まさしくグラス・オーラ。美樹は、木田と違って、そこそこのグラス・オーラの使い手であったのだ。
「おう、悪いな美樹
 気持ちよさそうに風を受ける、下着姿の木田先輩。鍛えられた筋肉が、湖のしずくに映える。相変わらず男だか女だかわからない人だ。下着も男物だし。
「ところで木田先輩、なんであんな所で泳いでたんですか?」
 あえて、おぼれたと言わなかった木田先輩ならば、よっぽどの事が無い限り、おぼれる事はないからだ。
「ああ、変なやつに背中飛ばされちゃってさ。後ろからだから、不意を打たれちまった」
 笑いながら答える木田先輩。やはり、おぼれたという表現では間違いだった。聞けば、もしかしたら湖の底に捜し物があるんじゃないかと思って、潜ってみたのだそうだ。
「気をつけて下さいよ、木田先輩」
 木田といえどもグラス・オーラの恩恵に与っているが、それでも間違っておぼれたりしたら、事である。は心配そうな目で木田を見るが、当の木田は元気そのものであった。時期が時期なら風邪ひくというのに。
「ハッハッハ、大丈夫。それより、この辺に変な奴等のたまり場があるって聞いたんだけど知らねえか? エスエーデーだかエスエーエムだか言う…」
 何だか変な事を言い始めた木田先輩。突然に変わる話に、はちょっと戸惑うが、すぐに記憶を戻して思い出し始めた。
「もしかしてSAM、通称サムのことじゃないですか? 何でも他人のものを勝手に持っていって、コレクションしている困った生徒の集団という…」
 風紀委員だけに、にも記憶があった。以前、学園生徒達から様々な持ち物を盗み、自らのコレクションとして、趣味のものを集める集団がいた。それが、SAM。確かに、この辺がアジトだと聞いた事がある。ただし、なんでSAMと言われているのかは知らないが。
「おう。そういうのに詳しい友達に捜し物の話をしたら、そいつらの仕業じゃねえかって言ってたんだ」
 得意気に語る木田は、垂れてきた鼻水を拭き取るように、右人差し指で鼻の下を擦る。ところ、風を起こしていた美樹が手を下ろして、考え込んだ表情で、言った。
「でもぉ、もう捕まったんじゃなかったけぇ?」
 そう言えばそう。にもわずかながら記憶があった。確かに以前、一度捕まっていて、その上首領が卒業のためいなくなったとして崩壊した、という事も先輩に聞いた事があった。ことを、今思い出した。
「そうですね、今は活動してないとかって聞きました」
 美樹に同調する。そうなると木田も、う〜ん、とうなって頭を抱えてしまう。そこに美樹が、慰めるように声をかけた。
「そしたらさぁ、近くにトモダチの隠れ家があるからぁ、聞いてみようか?」
 美樹がにこやかに尋ねている間、木田が一つくしゃみをした。
「何か手がかりがあれば、いいですよね」
 も、美樹の意見に同意する。いや、同意するしかない。には何の手がかりがないのだから。
 そうなると、木田も頭を縦に振るしかなかった。
「それじゃあ案内してくれ、美樹
 むしろ、当たり前のように、美樹に願った木田木田にも全く手がかりがなかったようだった。
「それじゃあ仕方ないねぇ。行きましょ〜」
 美樹は、そうとなればと、とっとと湖沿いに歩いて、というか浮いて行った。もちろん木田も後をついていった。浮かぶことのできない二人は、歩きにくい湖のそばに苦戦していた。美樹の「やっぱりミキちゃんがいないとねぇ〜」という呟きも、聞こえなかった。

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