春の日に。冬物語
12
 背が低いので自然、短い足で全力疾走するだが、そんな簡単に追いつくはずもない。総合校舎の裏、スタジアムを通り過ぎた大グラウンドあたりで大きく差がつけられ、更に追い続けるもグラウンド向こうの裏山のふもと付近でとうとう見失ってしまった。
 木々が生い茂り草花が生えた裏山ふもと。周りを見渡すも、人一人いない。後ろを見れば、グラウンド使用中の高等部の生徒達が見受けられるが、裏山にまで入ると人っ子一人見当たらない。
「どこ行ったんだろう…」
 確かにここへ逃げ込んだはず。そう信じて人の気配を探るも、虫とか小動物くらいしか見かけなかった。後は、たまに吹くゆるやかな風が草木を踊らせる、そのくらいの動きを感じさせられるだけだ。
 しかし、これ以上、先へ進むわけにはいかない。校則で、裏山には一人で入ってはいけない、そう決まっているのだ。理由は明白、危険だからだ。もし不慮の事故でケガを負った場合、一人で行動していたら助けも呼ぶこともできず遭難する可能性が高い。
 たかが裏山と侮ってはいけない、学園裏の小規模な山といえど、道は整備されていない上になぜか砂漠があったり密林があったりして、危険な場所が多い。グラス・オーラがあるといっても、大して使えない人間にしてみたら効果が薄い。事実、毎年一人は必ずこの裏山で行方不明になる。幸い全てが発見されているが、いずれも単独行動による身動き不可能が遠因である。
 もたまに風紀委員の任務や人道などを優先して、規則を破る事がある。しかし、このようなしっかりとした裏づけのある規則を破る事は、ない。ましてや今回は、特に重要な責務を負っているわけでも、ない。
「仕方ないかなあ」
 ちらっと、木田先輩の事を頭によぎらせながら、裏山の向こうへ背を向けようとした。うつむきながら回れ右をしたが、総合校舎の方へ戻ろうと顔を上げた所、予想だにしない現象が目の前に起こっていた。
「あら〜、ちゃん。どうしたのぉ?」
 短いスカート細い足、上着もリボンもつけずにその上ボタン一つしかつけてないブラウスあらわな肌、肩にかかった薄緑の髪ととぼけたタレ目。さあ捕まえて下さいと言わんばかりの格好をした女生徒、学園でに会うのは珍しい川下美樹、彼女が目の前に立っていたのだ。
「ど、どうしたのじゃありません! …」
 その格好はなんだ、一体ここで何やっている、そもそも授業はどうした、など突っ込みどころが満載のために怒鳴り声も途中で止まってしまった。
「ミキちゃんねえ〜、ちゃんが楽しそうな事やってる〜って思ったから、授業抜け出してきたのぉ〜」
 実に楽しそうにのたまう美樹。一体何を考えているのか…は呆れて追い返そうと考えた。
「何も楽しくありませんよ、さあさあ授業に戻りましょう」
 冷たい言い方で、一緒に総合校舎に戻ろうと足を運び始めた所、美樹の低い肩に身を寄せてきた。
「え〜、もう帰っちゃうのちゃん。せっかく二人いるんだから、この先に行こうよン」
 甘えた声色で抱きついてきた。いつもはこの手で男子生徒などをたぶらかしているのだろうが、あいにくは女の子。全く通じる事はない。いや、一応。
 しかし、ここで二人いるというのもまた事実。川下先輩と共に行くのならばこの先へ行く事も可能だ。ただ、川下先輩自体が心配の元になるのが痛い。
「う〜ん」
 悩みどころだ。行くべきか行かざるべきか。川下先輩が抱きついたままに躊躇している所だった。
「どわあー!」
 奥の方から、悲鳴というにはちょっと低い叫び声が聞こえてきた。声の大きさから、この場所から遠からず近からず。急げばすぐに着きそうな位置そうだ。それに、この声には聞き覚えがある。
木田ちゃんの声じゃなぁい?」
 美樹が心配そうな表情で、森の向こう、裏山の奥を見つめる。も倣って、美樹と同じ方向を見て、唇を噛み締めた。
「…行きましょう!」
 早速、は声が聞こえた方向へと駆けて行く。真っ直ぐ行くと森だが、それすらも気にせずに進んでいった。慌てて美樹が追って行く。
「待ってちゃ〜ん、行っちゃっていいのぉ?」
 美樹の疑問に、はきっぱりとこう答えた。
「誰かの危機をわかっていて、規則がどうのと言ってられません!」
 この声が木田先輩のものでなくとも、この場に川下先輩がいなくとも、は真っ直ぐ突き進んでいったであろう。他の人の危険を感じて、自分の身をかわいがる事はできない、うん!その通り!

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