春の日に。冬物語

 皆、布団をかぶり、早くも木田先輩のでかいいびきと、川下先輩の変な寝言みたいのが聞こえてきた。二人ほど寝つきが良くないは、布団の中で目を開いていた。
 しかし、木田先輩も川下先輩も、無頓着な人だなあ。特に二人が共通しているのは、掃除ができないことかな。川下先輩はすぐ散らかすし、木田先輩は片付けることを知らないし。右堂さんがいないと、いっつも散らかってるんだから。って、人の事いえないかな、えへへ。
 どうでもいいけど、なんでこんな部屋割りになったんだろ。木田先輩は前から一緒だったからいいけど、川下先輩は、…むかし風紀委員だったよしみなのかな。よくわかんないや。右堂さんはなんでだろ。本人の希望とは思えないし、何か理由があるとは考えられない。寮長さんに考えがあって決めたのかもしれないけど…。
 でも、右堂さん私の事嫌いな気がする。考え過ぎかもしれないけど、いつも私の事を遠ざけるようにしているから。それに、返事とかしてくれないし。まあ、他の人に対してもそうだから、違うかもしれないけど。
 ガタッ
「ん?」
 もうそろそろ目を閉じようかと思ったその時、何か物音を耳にした。もしかすると気のせいなのかもしれないので、耳を澄ませながら何もしないでいた。
 ガタ、ガタッ
「…なんだろ?」
 やはり、何かある。布団から脱出し、二段ベッドの上に頭をぶつけないように静かに跳ね起きる。そうして下着姿でベッドルームから出てみた。
 物音は、入口から真っ直ぐ対面の、窓から聞こえていた。もし泥棒とか何かだったら困るので、ゆっくりと窓に近づく。
 近づこうも、窓から聞こえる物音は消えない。不審に思って、そーっとのぞいて見てみると、人影が見える。痴漢か、そうは思わなかったのは見覚えのある人影だったからだ。大浴場ののぞき騒ぎの後なので深く注意していたが、そのかいあって、窓を開ける事が心配無用となった。
「今、開けます」
 紫色の長い髪、リボンをつけずに前を開いた制服姿、そして凍りついたような無表情。何日ぶりだろうか、右堂亜矢子その人である。
 しっかりかけた鍵を開け、窓を横に引っ張る。すると右堂さんは待ちわびたかのように部屋に侵入してきた。
「…」
 表情も変えず、無言の態度。でもこれが右堂さんの普通である。もそれをわかっていて、普通に対応。ここは3階だが、右堂さんはグラス・オーラで飛べるので何の問題もない。二年目になると、いい加減に慣れた。
「なんで窓から…」
 問題は、わざわざ窓から入ってきた事だ。この時間ならば、何とか正面からでも入れてくれるはずである。恐らくは、寮長さんに頼み込むのが面倒だったのだろうけど。
「…」
 結局は無言で一貫し、部屋に入って窓を閉める。同時に右堂は感情のないつり目での瞳を見下ろした。
「…え〜と、ココアでいいですか?」
「…」
 半笑いで目を見返すに、右堂はこくりと一つうなずいた。
 早速、は台所に足を運んでココアの準備をする。右堂は部屋のすみからちゃぶ台を運んできて、正座で待つ。これもまた、普通。いつもの事だった。
 しばらくすると、ココアの香りが右堂の元にまで漂ってきた。
「さて、入りましたよ」
 湯気が立つカップが二つ、の手によって運ばれる。既に右堂の目は、香り漂うカップに向けられていた。がちゃぶ台にカップを置く前に、ひったくるようにココアを奪う。
「…」
 既にすすり始めた。この時ばかりは大人気ないな、はそう思いながらほくそ笑み、右堂の隣に腰を降ろした。
「それにしても…なんでまたこんな時間に?」
 も両手でカップを握り、ゆっくりと口を近づけすすり出す。しょっちゅう熱がってはふーふー息を吹いて冷ましているので、少しうるさい。そんなとは違って、ひたすら静かにすすり飲む右堂は、やっぱり何も答えない。
「…」
 あまりにも無口なので会話が成立しない。は仕方なく、別の聞き方にしてみた。
「生徒会長室にココアが無いから、抜け出してきたんですか?」
 まさかそんな理由ではないだろうと、自分でも噴き出してしまいそうな質問だった。ところが。
「…」
 右堂は力強く、表情を変えぬままうなずいた。そんなにしてまで、ココアなのか。
 それにしては、この遅い時間というのもおかしなものだ。はちょっとした予測から尋ねてみた。
「この時間ならば、私がいるだろうからですか?」
 右堂に会う、がココアを入れる、ココアを飲む。右堂の頭の中にこの方程式が成立しているのでは、そう勘ぐる。
「…」
 しかし、右堂は首を縦に振ろうとしたと思うと、そのままアゴをあげて固まった。そうだけど、そうでないという事であろうか。
 にはちょっとわからなかった。右堂とは長い付き合いでも深い付き合いではないからだ。右堂は、自分が歩み寄っていこうとすると、離れていこうとするのでなかなか近寄れない。嫌われているのだろうかと思って離れていると、いつの間にかそばにいたりする。かといって、話しかけてくる事もない。話しかけても、うなずくかかぶりをふるかで、質問には答える事がない。おかげで、何を考えているのか一向にわからない。
 だから、今の右堂の行動が何を言おうとしているのかも、知り得なかった。かといって聞いてみたところで返答はない。
 そのまま黙ってしまう。の手にしたカップの、ココアがだんだんぬるくなっていく。もうそろそろ一気に飲めそうな温度になる頃、右堂の形づいた手のひらが、ちゃぶ台を叩くように置かれた。
「わぁ」
 突然の出来事に、思わず変な声を出す。よく見ると、右堂のついた手の近くのカップには、溶けずじまいのココアが底にへばりついただけだった。
「…」
 右堂は間もなく、音もなく立ち上がった。その立つ位置から一時、を見下ろすと、颯爽と窓に歩いていった。いや、よく見ると足の運びがぎこちない。ちょっとだけ、足がしびれているようだ。
「ど、どこへ行くんですか?」
 ある意味、間抜けな質問だった。帰るべきところへ帰るのだろう。言ってみてから言葉を取り消したくなるほど、自分でも変な事を聞いたと思った。
「…」
 それがわかったのかどうか、右堂は無言のまま、ぷい、と窓を見ながら、鍵に手をかけた。
 多分、生徒会室へ戻るのだろう。元来の、生徒会長護衛の任務に戻るのだ。今のところ大きな騒ぎのないグラス学園だが、それでも危険がつきまとうこと。は心配して、一声だけかけた。
「あのぅ、気をつけて下さいね、右堂さん」
 既に背を向けた右堂に、追いかけるように言った。
 一瞬、開けた窓の下がまちにかけた右足が止まった。今にも飛び出そうと踏みつける、その時だった。
「お前もな…」
 相変わらず表情に感情が無かったが、わずかの間こちらを向き、間違いなく口を開いて答えた。
 そう思うと、紫の髪が、すうっと下へと消えていった。慌てても窓に近寄ると、既に右堂の姿は落下中だ。この高さは危ない、そう言おうと思ったが、よく考えるとグラス・オーラの力で浮ける右堂ならケガはしないだろう。
 実際に右堂は着地寸前にふわっと浮き上がり、片膝をついて着地したかと思うと、既に校門に向かって走り出していた。目的地は、グラス学園中心にそびえ立つ総合校舎、八階生徒会室。好物のココアを飲んで精神充実、なんかやけに元気が良さそうだ。
 こうなると、も負けてられない。自分も学園の秩序を守る風紀委員。明日からまた、頑張らねばならない。
「うん、私もしっかりしなくちゃ」
 何だか背中を後押しされるように、やる気が沸き上がってきた。明日もまた朝が早い。残ったココアを飲みほしてカップを片付けて、さあて、ぐっすりと眠ろう!
 両拳を握り締め、頬が痛くなるまでに口端に力を入れた笑顔。もう一度「うん」と気を吐いて、強い足取りで寝床へ戻っていった。
 ふかふかの布団に潜り込んだは、すぐに寝ついてしまった。さすれば、ベッドルームに起きたわずかな異変に気づくはずもなかった。
 木田のでかいいびきと、の小さな歯ぎしりの音が、朝まで響いていた。

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