春の日に。冬物語

 多くの食事に満足して、食堂を出る。周りの寮生達は、当然のように私服に着替えている。中には、眼鏡をはずしているものもいる。寮内では、眼鏡をはずしてもいい規則だからである。こんな時間まで制服で、律儀に風紀委員の腕章までくくりつけているのは、くらいのものであった。
 早く着替えよう。そう思い、このまま別館の大浴場へ向かった。部屋にシャワールームが備えつけてあるが、狭いから、は大きな風呂を好んで利用している。さる理由のため眼鏡着用が義務づけられている変わった規則があるが、グラス・オーラの力や眼鏡技術の高さにより、レンズが曇ったりしないので気にはならない。顔を洗う時に邪魔くさいが、頭を洗う時はなぜか便利になる。グラス・オーラの力で眼鏡周辺から水をはじくからだ、だれかからそう聞いた覚えがある。
「着替える時も邪魔くさいなあ」
 いつも思う。まあ、慣れればどうってことは無い。更衣室に備えつけのお風呂用品を抱え、服をロッカーにしまい、鍵をかけて浴場へ向かう。
 とりあえず体をさっと流してから、湯舟につかった。ここで、一日の疲れを和らげるのだ。
 気分よく一息つこうとしたその時、でかい声が耳に響いた。
「おう! お前も風呂か!」
 驚いて背筋を張りつめたに近寄ってきたのは、ここでも髪の毛をほどかない木田だった。男顔負けの筋肉がついた腕で、の肩をたたいた。
「痛あ! もう。叩かないで下さい、木田先輩」
 右肩に赤く手形がついた。どんな力なんだこの人は。もう高等部だって言うのに胸はと変わらず無いし。本当に女性なのだろうか。周りにお構い無しだし。
「おう、悪い悪い」
 また悪びれずに謝る。暴力的なのは昔から変わらない。
「本当、小学校の頃から変んないですね、木田先輩って」
 木田は小学校時代からの知り合いで、当時のバレーボールの団体の頃の先輩であった。背を伸ばしたいという不純な動機で入団したとは違い、純粋にバレーボールが好きだという理由でやってる木田を、が尊敬し始めたのがきっかけで、今の関係が続いている。木田は現在でも背は高く無いが、驚異的な跳躍力と運動神経と筋力で、ものすごい活躍をしていたのが今でも記憶に残っている。
「そうか? そう言えばそうかな」
 あちこちの筋肉を見回し、確認する木田。そういう意味で言ったわけではないが、似たようなものだった。
「でも、もうケンカはしてないですよね木田先輩」
 木田先輩といえば、バレーボールとご飯とケンカ。昔っからそういう人だった。しかし今は高等部の生徒だし、ケンカはさすがにやめているだろう。そう信じたかった。
「え? あ、いや…」
 いつも必要以上にうるさい木田が、珍しく口ごもった。
「…まさか、まだ男子生徒とかとケンカしてたりしませんよね?」
 怪しんだがすかさず聞いた。すると木田は即答した。
「まさか、そんなこと無いよ、ハッハッハ」
 何となく乾いた笑いを飛ばす木田だが、はため息をついて湯舟から両手を出した。
「全くぅ…」
 湯舟に手をかけ、上がることにした。ちょっと重い体を持ちあげると、横にいた木田が声をかけた。
「オレは、もうちょっとしたら上がってメシ食うから」
 それだけ言って、湯舟に寄っかかりに行った木田は「わかりました」とだけ答えて体を洗いに洗い場へ行く。
 沢山の寮生が横並びに身体の掃除をしている中、は手頃の所を見つけちょこんと座って、備えつけの石鹸を手に取った。
 泡を立てて体を洗っていると、湯舟からなんだか声が聞こえる。「それが〜男の〜生きる道ぃ〜」というのは木田先輩の歌声だが、それ以外にも「キャー」とか、何だか悲鳴めいた声も響いた。
「何事ですかっ?」
 は、ちょうど頭を洗っている時だったので立ち上がることもできず、慌てて流すのみだった。そのうち騒ぎもおさまり、事態は平静を迎えた。
 一体、何が起こったのかわからずに騒ぎがおさまってしまった。気になる。
 出遅れたがようやく目を開けれるようになり、周りを見渡そうと立ち上がると、木田が前も隠さず歩み寄ってきた。
「おう、オレは上がるぞ!」
 何事も無かったかのように去ろうとする木田に、は慌てて尋ねた。
「さっき、何があったんですか?」
 風紀委員という性格上、何があったか聞かずにはいられなかった。木田は、笑いながら答えた。
「ああ、のぞきだってよ。でも、誰かがすぐに石鹸を投げつけて撃退したみたいだから、気にするなよ」
 それだけ言い残し、木田は風呂場を去っていった。
「またですかぁ」
 犯人は男子寮生らしいが、またかと思うとおちおちここを利用できないと思う。実害が小さいからか、寮の対策はいまいち強化されていない。一度あったらその場しのぎで柵とか作っても、今度は別の窓から、となかなかなくならない。困ったものだ。
 風紀委員の領域ではなく寮の領域の話だから、自分が何かするわけにもいかない。後で寮長さんにでも相談しようか、そう考える。どうでもいいが、木田先輩はのぞかれることに何も感じないのだろうか…。
 その後、はちょっとだけ湯舟につかり、風呂を上がった。
 しっかり体を温めたは、制服を手に部屋へと戻った。制服のブラウスと子供っぽい下着だけで寮内を歩いている。無防備であるが、まあ、周りも似たようなもの。寮則にも下着で出歩くな、とまではかかれてないので、もだらしない格好。これだから寮長にしかられるのだが。
 湯上がりに制服着ると、べちゃべちゃに濡れちゃうからなあ。

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