春の日に。冬物語

 今度は首を横に振りながら、廊下を真っ直ぐ行く。
 階段を下り、しばらく無心で食堂に向かっていた。地下の食堂は何千もの寮生達に対応するため、かなり広く設計されている。各自の部屋でも、その場で調理して食することが可能ではあるが、大抵の寮生はめんどうくさがって食堂を利用している。もその、大抵の寮生に含まれている。
 食堂の扉を開くと目の前に、料理ができるのを待つ寮生の列があった。早速、後ろへ並ぶ。
「お願いしま〜す」
 は日替わり定食をたのみ、一人寂しく夕食をとることにした。いや、周りには沢山の寮生が静かにもにぎやかに食事をしているので、寂しくなんか、無い。
「さぁて、と。いただきま〜す」
 今日は焼き魚。ふむ、望むところだ。この時ばかりは上機嫌に、がっつくように箸をさばく。箸の持ち方が他の人とちょっと違うのは、ご愛敬である。
 どんどん食べて、早くも茶わんを空にする。早速ご飯のお代わりを頂こうと、席を立とうとした。
「よく食べるねぇ、本当」
 の眼前に、大盛りに盛ったご飯。わざわざ丼に盛ってあるところが、狙って差し出されたような感じだ。すぐに座り直して、差し出された手の主を見上げた。
「あ、寮長さん…」
 機能性重視のシャツの上にエプロンを着込んだ、大きな丸眼鏡。長い髪を一つにまとめた大きなリボンが特徴の、当女子寮寮長だ。彼女は去年までグラス学園高等部の生徒だったこともあり、まだ若く独身。寮則には厳しいが校則には無頓着なため、風紀委員として何度か注意した覚えがある。まあそれ以上に、は寮内で何度もしかられたが。
「あんたみたいに思いきり食べてくれると、こっちも作りがいがあるからね」
 優しい笑顔で応え、の対面に腰をかける。
「ありがとうございま〜す」
 月並みなお礼を一つしてから、は再び箸をつかんだ。その、よく食べるを見ながら、寮長はテーブルに肘をおいた。
「あんたもそうだけど、木田なんかは本当に沢山食べるからなぁ。残す奴も結構いるもんだから、うれしいね」
 頬杖をつく寮長に、は答える。
「ほうでふか?」
 そうですか、と言ったつもりが口の中のご飯がそれをさえぎる。わざわざ言い直そうと米を飲み込もうとする前に、寮長が続けた。
「ところで、今あんたと同じ部屋の…なんってったけ…」
 固めを閉じて片方の人差し指を頭に向ける寮長。誰のことを言いたいのか、は何となくわかった。ちょうど口の中に何も無かった。
「えっと、川下先輩ですか?」
 小さな首をちょこんと乗り出して、答えると、寮長はまとめても長い髪を上下に揺らしてうんうんとうなずいた。
「そうそう。あの子、ずっとここに顔を見せて無い気がするけど、大丈夫なのかい?」
 食堂に来ない、ということは部屋で食事をしていることなのだろうか。多分、寮長はそのことを聞きたいのであろう。寮長として、寮生の不摂生は気になるところ。何千もの寮生を覚えていて、一人一人まで心配するとはまた、寮長らしい心づかい。
「本人は大丈夫と言っていましたけど…」
 自信は無い。あくまでも自己申告だからだ。
「そうかい。ん〜まあ、女子寮にいるってだけでもいい方なんだろうけどね…」
 また頬杖をついて、寮長はうつむいた。も言いたいことはわかる。川下美樹、彼女はと同室になる前である昨年、女子寮にほとんどと言っていい程いなかった。そのかわり男子寮や寮の外にいたようだ。どうやら同部屋仲間とうまくいって無かったのだろう。彼女の異性好きもある、というか、同性が嫌いなようだ。
 男子寮や寮の外へは行ってはいけないというわけではないにしろ、いつまでも寮に帰ってこないのでは寮則にも関わる。何とか説得を重ね、現在ようやく、女子寮にいるようになった。それでも授業には出ないことがあるし、帰って来ても部屋から出ることも少ないので、寮長が心配するのも無理は無かった。
「少しずつ良くなってるとは思うんですけど」
 やはり自信がなさそうに、言う。その間のの箸は、かなり動きが遅くなっている。
「私もそう思うよ。…さてと、忙しいから、これで失礼するよ」
 寮長は、さっと椅子をひいて席を立った。
 は答えるように、三度、目の前の食事にありつき始めた。みそ汁の湯気が、もう消えていた。ごちそうさまも、近い。

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