ある日に。冬物語
18
 阿津田が黙ったままなので、藤沢が更に吐き捨てる。
「あんたもその女とお似合いだぜ、お互いの尻を追いかけ回す、本能丸出しの動物みてえだからな」
 この言葉が、空気を変えた。美樹は細い眉をひそめ、は太い眉をつりあげる。
 そして阿津田は、姿を消した。
「…っ」
 違う、瞬時にして藤沢が立っていた所まで移動していたのだ。ああ見えても、かなりのグラス・オーラの使い手。特に高速移動のダッシュはお手の物だ。
 その阿津田が、右の手刀を藤沢の首の裏に打ち落としていたことに気付くのは、頭に血が上っているでは、藤沢が地に音を立てて倒れた頃だった。
「ぐあ…っ」
 痛々しい表情で首だけ上げる藤沢を、その肩をつかみあげて無理やり立たせる阿津田。少々荒っぽいやり方だ、少なくとも女性にはしない手荒さだろう。
「お前の言う通りだよ。僕も、美樹もな。所詮、異性の尻を追いかけているだけだ。だがな…」
 立ち上がって足下をふらつかせる藤沢の、引き気味だが反発的な目を見ながら、阿津田はこう続けた。
「僕たちは、それでも相手の気持ちを考えてものを言うぜ。少なくとも、相手を追いつめるような言葉は吐かない」
 説得力はあるか、藤沢の目はみるみる内に鋭くなっていく。そこに阿津田が何も言わなかったので、先に藤沢が動き出した。
「フン、わかったようなこと、言うんじゃねえよ!」
 それだけ捨てていくと、藤沢は後ろを向けて男子寮へと走り去って行った。
 その先は暗い闇、その後を阿津田が追うことは、なかった。そのまま美樹が待つ位置へ、当たり前のように足を向けた。
 撃ち迎えるかのように、が攻撃的に尋ねる。
「何しにきたんですか?」
 助かった、そう言いたかったのと裏腹に、せっかく捕まえる所だったのにとでも言おうかのような口ぶりだ。
「そりゃないな、お嬢ちゃん。でもまあ、いいや」
 を避け、美樹に寄る阿津田。おかげでは何だか疎外感。
「騒ぎが聞こえたから来てみたら、こういうことだったから。特に、女の子に関して僕が出遅れるわけには行かないからね」
 あいも変わらず、きざに決める人だ。全く、と、ため息でもつく所だったが、助けられた手前ではそこまで邪険にするのもどうかと思う。
「そうですか。ありがとうございました」
 相手が相手でも、お礼をしなくては気が済まない。はペこりと一度、頭を下げる。
「フッ、恩に着ることはないよ。お嬢ちゃん」
 また。いつもの垂れた二重が、必要以上の自意識で飾る。片目を閉じ、人目を気にしたような見ばえのいいポーズをとる。左手はポケット、右手は顔に触れ、体を曲げて変な風に立つ。もう、どうでもいいや。
「それでは阿津田さんも、寮に帰りましょう。ここは女子寮の敷地です、用もないのにここにいるのは、変ですよね?」
 恩に着なくていいのなら、何のわだかまりなく言える。はっきりと、言いたいことを言うに、阿津田も何だか苦い笑い。身から出たさびなので、仕方なく帰ることに。
「それでは僕は、さらせてもらうよ。じゃあね」
 それでも渋々というわけでもなさそうだ。去り際もきちんと魅せて帰る。最後まで自分の演出を忘れない阿津田に、は呆れるを通り越して感心してしまう所だった。
「もう、あの人は変わらないんだから。…さて川下先輩、帰りますか」
 阿津田の変なペースに巻き込まれ、美樹の状態をすっかり忘れていた。美樹はずっと、うつむいたままで、返事も聞き取りにくいほど元気がない。
「うん…」
 思い出したように気付いたは慌てて気を入れ替えて、慰めを含めた言い方に変えた。
「ご、ごめんなさい。あの、藤沢君の言葉なんて、阿津田さんの言う通りですよ。気にしないで下さい」
 おろおろし出した。その情景になると、急に美樹は顔を上げた。

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