ある日に。冬物語
17
 この、相手の動きを強制的に制限させるペンのおかげで、二人の攻防は全てペンに左右されてしまう。がペンを延ばせば、藤沢はペンを避けることに集中、それの繰り返し。いつまでたっても同じこと続きの戦いを向こうに、うなだれたままの美樹は顔を上げることができなかった。後ろに近づいていた気配に感づくまでは。
「たああ!」
 のかけ声がこだましながら、右肩から左足へとペンが振り下ろされる。闇雲にふるってるだけではないか、しかしそれが功を奏したようで、藤沢の右腕にペン先が触れる。
「くっ」
 右肘から先の感覚が薄れ、すでに自分の思うように動かせない。かなりの苦境に立たされた今、の続けざまの攻撃を読めた。
「今です!」
 焦燥した藤沢の隙をつき、の左手が藤沢の左手首を捕らえる。同時に右手はペンを胸ポケットにしまい、左手の補助に回す。その間、数秒の出来事だった。
「離せえ!」
 力まかせに左腕を振り回す藤沢。このままでは風紀委員による捕縛術にて囚われてしまう、それを恐れて追いつめられた藤沢が出した、必死の策だった。
 それがまた、おかしなことになってしまう。
「ひゃああ!」
 低い背だから軽量で、しかも非力なの体は、藤沢の左腕一本だけで振り回され、飛ばされた。いつまでも片手だけで藤沢の手首を掴んでいられるほど握力はないので、あっさりと手は離れ、勢いをつけて後方の美樹のもとへふっとばされた。
 このまま、うなだれたままのみ気がいれば二人が危ない。まずいと思って何か抵抗しようとも何もできなかった、そう思えた時だった。
 の背中は何か固いものに寄りかかり、太い棒か何かでふらついた足下を整えさせてもらい、何よりケガ一つつかない。
 一体どういうことか、慌てて後ろをふりかえると、は意外すぎる顔を見ることになった。
「もういいね、お嬢ちゃん」
 わずかに微笑む、相変わらずおしゃれなピアスと眼鏡が光る、青い髪の色男。手入れされて柔らかな青髪は、そよ風に揺られなびいている。彼の左手は立ち直ったの背中、右腕の中には、目を真っ赤にしてを見る美樹の姿があった。
阿津田さんっ?」
 なぜここに。ここは女子寮裏、確かに阿津田の得意範囲内であることは確かだが、それにしても信じられない。
ちゃん…ごめんね」
 悲しそうな声を奏でる、美樹の薄紅色の厚めの唇。こんな彼女は、今まで見たことがない。
 は一つうなずくだけ、黙って向こうにいる藤沢に目を向ける。すると藤沢がにらみ返してくるが、ほぼ時を同じくして、背後よりしっとりした通りの良い声が聞こえる。
「そこのハチマキ君、一体何を言った?」
 どうしてこの美樹が、涙を流すほど打ちひしがられているのかがわからない。誰かに殴られたくらいで簡単に泣くような女ではないことを、阿津田は知っている様な口ぶりだった。
「それは…」
 早速、が答えようと阿津田を振り返り見上げる。しかしその前に、離れたハチマキから答えが返る。
「別に…、ただ思ったことを言っただけさ」
 悪びれもしないで、動かない右腕を抑えて言った。そして、続けた。
「その女が、男のことしか考えない、くだらないやつだってな」
 この言葉には、美樹はもう何とも反応しないが、またが激しく憤る。前に出てもう一度飛びかかろうとした所、後ろのしっかりしたしなやかな手が小さな肩を抑える。

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