ある日に。冬物語
15
 この日、いやなものを見てしまった。
 そして、いやなことをしてしまった。
 以前、何度も自分に言い聞かせたこと。それは、怒りに任せた不要な戦いを慎むこと。風紀委員会は力で生徒を押えつける機関ではない、心で生徒を支え続ける組織だ。先輩達からの教え。
 その大事なはずの教えを、破ることになった。
「許しません!」
 自分の、独自の感情で。
 この日、やっぱり中等部の門限ぎりぎりで帰寮することになった。いつも風紀委員の仕事で忙しいからか。また寮長さんに怒られそうだ。
 いつものように、闇がかってきた空の頃に、ようやくグラス学園の出口を通る。ここを出れば、一息つける。にとって、生活の区切りを表す地点。何だか、表情も緩んでしまう。ついでに心も緩んでしまう。しかし、この日はそうも行かなかったようだ。
「うるせえんだよ!」
 男の重くて、それでいて高い声が、なぜか女子寮の左手から聞こえてきた。こういう時は恋愛関係のもつれというのが定番なので、苦手分野には手を出さないのがの固い意志である。ところがこの声、どこかで聞いたことがある。更に聞くと
「なんで聞く耳持たないのぉ?」
「だったらなんで、お前に言われなくちゃならねえんだ」
「だって…ちゃんに言われるっていうのは、理由があるんだよぉ」
ぅ? あの風紀委員か。ったく、いちいち人の好みに口出すなってんだ」
「そんな言い方ないでしょう? ちゃんだって、あなたを思って言ってると思うし」
「そいつが余計なお世話だって言うんだ。大体なんでこう、女ってのはうるさいんだ」
「ちょっとぉ、女だからってのは違うんじゃないぃ?」
「うるさい! 男にこびるお前みたいなやつが言うんじゃねえ!」
 バシッ、と声以外の音が聞こえてきた。黙って聞いてただったが、これには強く反応してすでに走り出していた。
「一体、どういうことですかっ?」
 駆け出し、女子寮の裏、駐輪場の明かりのもとまでたどり着く。そこには面白くなさそうな顔のハチマキ男子生徒の藤沢と、左頬をわずかに赤くそめて片膝をついてうつむく緑髪の美樹。この二人が一緒だということが、一番の驚きだ。
「うるさい、どうもしねえよ」
 とは目を合わせようともしない、ボサボサ髪の藤沢。この日はいつにも増して、意識してを避けている。一方の美樹は、黙ったままうつむくだけだった。
「どうもしないではないでしょう? あなたが殴ったのではないんですかっ」
 図星か、藤沢は珍しくの言葉に反応した。しっぽが揺れる白いハチマキの、巻いた額に汗が浮かんでいる。
「なんでそんなことが言えるんだよ」
 平静を保とうと冷静な言葉を選んでいるが、声が震えている。
「向こうから、殴る音が聞こえました」
 聞いたままを、冷静な言葉で返す。
「だったら何だ、何が悪いって言うんだよ」
 言葉は悪いが、今度は平静だ。
「どういう意味ですか?」
 も、相手の言い分を聞かないほど愚かではない。耳を傾けた。
「コイツが関係ないことでつきまとうからだよ。なんで風紀委員の言うこと聞けなんて、こんなやつに言われなくちゃならないんだ」
 美樹は変わらず、うつむいたまま。更に藤沢は続ける。
「俺の服装の趣味でどうこう言われるのもあるが、こんな、男にべったりくっつくしか能のないやつに言われるのが腹立つんだよ!」
 美樹が無反応なので調子に乗ったか、更に続く。
「俺に文句言う暇があるんなら、そこらの男とちちくりあっていろってんだ。お前にはそれが、お似合いだ!」
 片膝が、両ひざとなって地につき、がっくりと肩を落としてしまう美樹。その地面が、水分で濡れていくその様が、の劇場の起爆剤となった。

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