ある日に。冬物語
13
 上空では相変わらず阿津田がのぞきを敢行しているが、美樹が近づくことに気付かないようだ。それどころか、何かしらないが屋上を見て慌て始めた。
 阿津田は何か叫んでいたようだが、屋上あたりで紫色の光が発されると、美樹が到着する前に阿津田の手は窓を離れた。屋上は立入禁止、誰かいるなら捕まえにいこうと思ったが、人影は見えない。助かりもしたし、気にしないことにした。
 それより、落ち行く阿津田美樹を害するのではないかと考える。
「大丈夫ですか〜?」
 心配そうなに関わらず、美樹は男子生徒の体をひったくるように掴み、さっと地上に降りて、いや落ちてきた。勢いは弱いものの、落ちる感覚というものを持たせたのか、垂れた二重まぶたの男子生徒の顔は歪んでいた。
「うわわ、勘弁してくれ美樹ちゃん!」
 あの余裕が似合いそうな男が取り乱すのは、何だか不似合いで面白い。ただ、これが美樹が仕掛けたことだからなのかもしれない。二人は、どうやらよく知っている仲のように見える。
「さってぇ、捕まえてきたよちゃん!」
 男子生徒に寄り添ったままの美樹が、の下に帰ってきた。は苦いような有り難いような、複雑な表情を浮かべるしかなかった。
「あの、川下先輩ありがとうございます。今から彼に説教をくわえたいので、離れてもらえませんか」
 この言葉でも、美樹は動かなかった。何でか。それは、美樹の異性好きが、本領発揮となったからに見える。男子生徒も男子生徒で、照れるどころか当然のように腕を組み、とてもこれから風紀委員のに怒られる態度ではない。
 ネクタイやシャツは着用しているが、胸を開けた着こなし。明らかに周りを意識した目と、立ち振る舞い。男性にしてはしなやかといえる指の、中指だけで流行のデザインな黒縁眼鏡の位置を直す。
「フッ、どうして僕がしかられなくてはならないんだい? お嬢ちゃん」
 悪びれもせず、明らかにを子供扱いなやつ。これはも血液沸騰しそうな大きい態度だが、そこを止めるのは男の肩に手を乗せる美樹だった。
「ダメだよぉ、カズぅ。ちゃんは風紀委員なんだから、言うこと聞かなきゃ」
 カズと呼ばれた男も、わかったよと美樹に言う。は何だか阻害された気分だ。
「全く、なんでそう変なことをするんですか、阿津田さん。いつもいつも、わたし達風紀委員の手を煩わせて」
 ため息と共に、思いを吐き出した
 阿津田。先日も女子寮大浴場のぞきの件で、女子寮長のお説教をいただいた、問題生徒だ。川下先輩みたいに言い寄ってくる女子生徒も多いんだから、黙っていればのぞきなんてしなくてもいいような気もするのだが。
「変なこととは、心外だね。お嬢ちゃん、これは男の本能とでも言うものなのだよ。年ごろの男ってのは、女の子に興味を持つのが当たり前なのさ」
 何がなのさ何だか。全然、関係ない。そう言ってやろうとしたのだが、やはり美樹に阻まれる。
「そうよぉ。仕方ないといえば、仕方ないことなのよぉ」
 二人は笑顔だ。困ったものだ。
 にはよくわからないこともあるが、二人は随分と仲が良いようだ。それならそれでいい、それだけでは風紀が乱れるわけではない、阿津田の行動が問題あるだけだ。
 しかし、は周りから良からぬうわさを聞いたことがある。二人が普通の仲ではないという話。更に付け加えると、二人が他の異性の生徒とも、何らかの関係を持って回っているということ。それが事実ならば、美樹はともかくとして、阿津田が何しにのぞきなどせにゃならんのかがさっぱりわからない。何らかの関係とは、ありていに言えばいわゆる性的な肉体関係だということぐらいは、最低限知識としてでも知っている。それをするなとは言わない、したければ、本当の意味で周りに迷惑をかけなければいい。それはいいとしても、のぞきは騒ぎのもとだから、ダメだ。
 何度もそう言ってやろうとしたが、しかし、には言えなかった。二人に、バカにされそうな気がしたからだ。
「ですけど、仕方ないではないと思います。のぞかれた人のことを考えて下さい」
 正論に走る。これでは阿津田も、なかなか言い返すことができない。女の子のことを一番に考えることを信条とする彼、どう考えても達成されてないような気もするが、それでもここではふいと悩んで、ただ一言
「う〜ん」
 と、返事のような、何だか受け取り方によって意味が変わりそうな返事をする。彼なりに反省しているのか、わずかにうつむいている。それでも見た目を意識しているか、何だか妙な立ち方な気がする。
「そうだよぉ、ダメなんだよカズゥ」
 今度はの言い分に味方する美樹。どっちつかずだが、どっちも大切なための言葉だろう。阿津田も、も。
 美樹のこんな態度には一つ、理由がある。一度だけ、は耳にした。

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