ある日に。冬物語
10
 彼の姿が消える前に、美樹を見る。美樹は口を開く。
「ごめぇん、逃がしちゃったぁ〜」
 まず、謝罪。これはどうかと思うだが、それに続く言葉に少し安心した。
「だけど、誰がのぞきだったかは判明したよぉ。え〜とねぇ…」
 誰かというのがわかれば、後日、呼び出しでしかればいい。その場合、美樹が証人として立ち会わなければいけないが、そこは仕方ない、骨を折ってもらう。
「名前もわかるんですか?」
 が尋ねると、美樹はうなずいた。
「うん。ちゃんも知ってるほど有名だよぉ。えと、名字なんだっけ…阿津田、だったかな? とにかく、カズが犯人だったの」
 阿津田一也。確かに有名。風紀委員のでなくとも、女子生徒ならば知る名前。高等部の二年生、格好いい容貌と口のうまさで人気を誇るのだが、なぜにかのぞきや下着ドロなどくだらない軽犯罪を起こす人だ。おかげで、女子の人気は賛否両論。
 もちろんは、否。風紀委員会でも、手こずる相手として有名だからだ。
「やっぱりあの人でしたか。また、ですか…こりない人ですね」
 何しろ、窓をさえぎる板をつけさせた張本人。大浴場の無警戒さが露呈し予防策がなされたことで、結果よしだったが。今度はただの説教じゃ済ませない。寮長さんのイカヅチお目玉を食らわせる予定だ。
「カズ、石鹸くわえて逃げってたよぉ。またやられたって言ってた〜」
 毎度毎度、石鹸を食らうか。投げる方も投げる方だが、油断したのか食らう方も食らう方だ。残っていた女子寮生が投げたのだろうか、気の強い人だ。
「それで少しは反省すればいいんですが…」
 呆れるようにため息をつきながら、短い髪を横に振りまく美樹に同意を求めたのだが、そうは行かなかった。
ちゃん、翔ちゃんが早く迎えに来てくれって言ってるよ〜」
 忘れてた。一緒の人にばれない内に早く行かなくては!
 走る、急ぐ
 だが、時すでに遅し。寮の別館についた頃には、翔人は中の人に蹴り出されてしまっていた。
「遅いよ、ばれたじゃないか」
 憎憎しい苦笑いを浮かべる翔人。すでに下着は着込んでさて上着を、という所だった。目のやり場がないことはなかった。
「す、すみません。…あ、中の人にも謝らなくちゃ」
 一つペこりと頭を下げ、すぐさま風呂場へ行こうとするを、細めの右腕が止めた。
「いや、彼女はあまり気にしてないようだったよ。…僕のことも、ね」
 ?
 翔人が男性とわかったのに、気に止めてない。変わった人だ。さすが、悲鳴を上げる前に石鹸を投げる人だ。それなら多分、大丈夫だろう。
「それでは寮長さんに報告して、帰りましょうか」
 は笑顔で、翔人の目を見あげて見つめながら、言った。翔人も「そうだな」と答え、更衣場を後にした。
 これ以後、大浴場ののぞき事件は音を消したように聞かなくなる。もちろん、利用者は元の数に戻った。
 帰路の途中、またも翔人が多数の女子寮生にまとわりつかれていたことを、蛇足ながら記しておく。

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