ある日に。冬物語

ちゃん、入口から左、端から二番目だって!」
 美樹の声が。同時には目線を正面の、すなわち寮の真裏、その右から二番目の窓を覆う板に克目した。一見、何の変化もない。しかし、壁すら隠遁させる大きな板、その上方部がわずかに大きく見える。いや、上側だけがそり返って、この場からだと大きく見えるだけだ。
「あそこですね!」
 がまず指さし、そして走り出す。更に美樹も立ち上がり、の後ろ姿に目を向ける。時を同じくして、浴場内からも何かしら音が聞こえた。悲鳴でないのは意外というか、当然というか。翔人もそこまで演技をしなかったようだ。一緒にいるはずの女子寮生がどんな反応を起こしているかは不明だ。
「逃げるよぉ、ちゃん!」
 遅れて着いてきた美樹が叫ぶ。だが、既に板の下に立っていたは、どうすることもできない。なぜならば、犯人は屋根へと逃げ出したからだ。初めから上から来て、上へと逃げていたようだ。窓が上についていたのが災いしたようで、板を棒か何かで支えてそり返らせ、隙間を作ってそこから逆さにのぞき見をしていたようだ。
 その根性たるや、頭が下がる思いだ。背が低い上にグラス・オーラも満足に使えないにはどうすることもできない。う〜む、あっぱれ。などと言っている場合ではない。
「待ちなさい!」
 板を戻して逃げて行く犯人に声を飛ばすが、そこで待つような者はいない。それはもわかっている。わかっているが、言わずにはいられない。
 それでは結局捕まえられない。あきらめた所、背後より風を感じた。
「ミキちゃんが行く!」
 気付いたが振り向いた時には、暗くて見えない高さまでに浮かび上がっていた美樹の姿が確認された。ちょうど黒い雲の征服から逃れた満月が、美樹の姿を影に写す。黒き美樹の姿に形、月明かりにくっきり光さえぎり。
 何か言いたそうには口を開けて身を乗り出そうとするが、当然、何もできずに立ちすくむしかない。後は美樹がうまく犯人を捕まえてくれるのを祈るしかない。
 美樹は屋根に乗り、犯人を追いかける。
 は何もすることができない。そのうち、騒ぎを聞きつけてきた藤沢が、駆け寄ってきた。
「こっちには来なかったぜ!」
 どこにいる、と聞きたげな、押し倒されそうな勢いだ。は落ち着いて返答する。
「上です! 今、川下先輩が追っています」
 空に指さし、美樹が追っているはずの位置を示す。何かの物音が聞こえる、屋根の向こうへ。
「う、上っ?」
 彼もグラス・オーラは使えるものの、空中に浮くには力量不足のようだ。じだんだを踏むかのように、悔しそうな表情を見せる。
「待つしか…ありません」
 も同じく、悔しそうにうつむいた。
 また、物音が聞こえた。そしてまた、声が聞こえる。
 その、ほんのしばらく後、藤沢が口を開こうとする寸前、空から何かが降って来た。それは、すぐさま上に振り向いたの直感通り、空気抵抗でめくれた上着を抑えようともしない美樹だった。
 落下地点はのちょうど真横、板際。達をうまく避けて降りてきた。着地寸前にふわりと、急に浮かび上がるような現象を思い起こさせ、立ち上がるように地に立った。
「ふうぅ〜」
 ため息をつき、一人で藤沢を見る。すると藤沢はぷいと後ろを見、
「もう俺は、用はないよな」
 と、とっとと立ち去ってしまう。も止ませる言葉を思いつかず、そのまま去らせてしまう。

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