ある日に。冬物語

「だ・か・ら、グラス・オーラよン。音に関するグラス・オーラの応用だから、かなり高度なの。だから、ちゃんにはわかんなくても仕方ないけどぉ」
 う〜。何だかバカにされた気分。でも、グラス・オーラについては全然知らないは、わからなくて仕方ないと諦める。それより、その女性に翔人のことがばれたかどうか気になる。
「ところで、その女の人は翔人さんに気付きましたか?」
 質問は平静に、心中は焦燥に。の態度に気を止めず、美樹はさらりとかぶりを振る。
「ううん、ちょっと翔ちゃんの顔をじっと見ただけで、後は無視されたって。何だか冷たそうな人だったそうだよぉ」
 ほっと一安心。後は犯人が現れるのを待つだけ。そこに、美樹がまた、余計な話を進める。
「そんで、その女の人って、紫の長い髪に無表情。それでいて形の良い胸に、ひきしまった細身の腹と尻を隠さずにこちらを見ていたって」
 蛇足。いらん事聞かせてもらっても。…って、どこかで聞いたことのある容貌だ。よく知ってそうな人だが、この際あまり気にしない。美樹がいうには翔人が「いいもん見た」とか言ってたらしいが、全くどうでもいい話だ。
「そんなことより、のぞきは現れましたか?」
 ばれなかったならそれでいい、後は策がうまく行くことが気になる。さてここからが正念場、内の様子と外の様子を同時に探ればうまく行くだろう。翔人さんと川下先輩が連絡し合えるのは、予想外の好材料だ。
「ん〜、ここからじゃ見えないよぉ」
 の後ろでかがんでいる美樹が見づらいのは当然。ここはしばらく、翔人との連絡係になってもらおうかと考える。しかし、自らの姿もはっきりと見えないこの暗い場所から、板が建てつけられたために明かりがもれる隙間が狭い浴場のある別館は確かに、誰かが近づいたとしても目で追うことができなさそうだ。
「それでは…私が見てますから、川下先輩は中からの状況を伝えて下さい」
 内側からのぞきを関知し、外から捕まえる戦法をとることにする。幸い美樹も素直に同意し、何となくうまく行きそうな感じだ。中に残っていた寮生というのが気になるが、こちらに対して何の違和感を持っていないだろうので、考えないことにした。
 それにしても、別館の壁、窓から大した隙間なく建てられた板から、どのようにのぞくというのであろうか。別館の周り三方の上方に設置された窓を囲むように、各方面五枚ずつ覆われて立つ、木製の板。地上からしっかりと打ち込まれた柱に大きな板がきっちり止められ、板の大きさは広く膝当たりから別館の屋根までもあり、下から潜り込む人の入る間はない。
 このように、のぞきなんてできないと思えるが、現にそういう事件が起こっているのでは仕方ない。一体どうやってこの難関に望むのか、不謹慎ながらワクワクしながら、情報と別館に忍び寄るであろう人影を待った。
「まだ、何も変らないってぇ。翔ちゃんはゆっくり湯舟につかって、くつろいでる〜」
 そんな場合か、とも思うが、おかしな行動をとれば疑われかねない。そう考えると、中に一人残っていたのは嬉しい誤算だ。残っていた人には悪いが。いや、かなり悪い。後で謝る。
「こちらも変わりはないですね」
 少なくともの視線では、何の異常もない。これで何事もなかったら、何だか虚しい。そりゃ、のぞきが現れないに越したことはないが、ここまで準備しておいて出てこないとは、骨折り損のくたびれ儲けか。そのままいなくなればいいが、たまたま今日来ないだけだったり、こちらに感づかれたりしていただけとか、それではため息の一つもつきたくなる。
 月の明りが薄黒い雲に侵される、一層とまばゆく駐輪場の電灯が目に痛い、その時だった。

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